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プレイ・キャット・アンド・マウス・ウィズ - ShinLu

2015/05/06 (Wed) 13:54:33

――――「プレイ・キャット・アンド・マウス・ウィズ」Part1――――

――――アークスシップ3番艦「ソーン」傘下宙域内、居住艦
――居住区域・13番市街地――
天候設定・曇。時刻・深夜――――



 コツ、コツ、コツ。

 革靴が舗装路を叩く音。閑静な市街地に色は少なく、月光を模した照明が作り物の雲を通り抜け、薄青い光を降らせていた。

 コツ、コツ、コツ。

 幹線道から外れたその通りは車両2台が楽にすれ違える程度の幅はあるものの、両脇には廃墟と化したビルが次から次へ現れては後方へ流れ消える。行き交う人が無いのは、ただ時間帯が遅いというだけではなく、既にここが半ば遺棄された領域であるがためだ。防衛は十分で、このあたりはダーカーに襲撃された事は無い。モノが溢れ返っていた平和な時代に頻発したという経済的な放棄領域……”ゴーストタウン”というもので、ここ十数年でじわじわとその陰鬱な領域を広げてきている。

 カツ、コツ、カツ。

 そんな退廃的な薄暗いモノクロームと蒼の世界にあってなお、鮮烈な色を纏う人影がひとつ。足音の主であるその少女は、ジャポネの歴史書にある古い女学生の服――とくに海老茶式部、というもの――に似せたハカマシリーズの衣装を身に着け、腰には白鞘のカタナを佩いている。その身なりと、視線で時折周囲をうかがう様子は明らかに一般市民のものではない。アークスである。

 コツ、コツ、コツ。

 少女の名は、アリシェ。腰に佩いているカタナは、ヤシャ。このカタナについては特異な来歴があるが、今は気にする時ではない。だが見るものが見れば、その刃に秘められた不穏な迫力を鞘越しに感じることさえありうるだろう。ますますもって異様な光景であった。

 コツ、コツ、コツ。

「……」
 夜風の匂いを感じながら、アリシェは僅かに目を細める。思案に耽っているのもある。だが、それ以上に。

 コツ、トッ、ココン。

 アリシェは身を屈めつつ、半身に転回。手元にガンスラッシュ――ネグリングを転送し、上方から飛来したそれを受け止めた。バキン、と金属と固形フォトンとが衝突する複雑な音が響き、周囲の大気が僅かに揺らぐ。ネグリングの刃と拳とが打ち合い、不安定な共鳴音が低く断続的に響く。
「――!」
「よう、アリシェちゃん」
 その声と姿には覚えがあった。アンドゥ。アンドゥ・ユーと名乗る男。よく鍛えられた浅黒い肉体。灰色のレイジ・レプカから除く両腕と顔の半面に、不可思議な青い文様が浮んでいる。それは、いつからだったか。

「…どうも」
 アンドゥの動きを察知したアリシェは、ネグリングを強く打ち振るって膠着を拒否。アンドゥは宙返りしつつ着地し、両手のグローブを交互に見やり、不穏な笑みを浮かべると緩やかに構えを取る。両者の距離は5メートル程度。
「想定済みか」
 それはまさに2時間ほど前、アンドゥの去り際にアリシェがつぶやいた言葉だ。確認するように呟き、アンドゥは小首をかしげながら問うように語り掛けた。
「その割には甘いんじゃねーか」
「……」
 ネグリングを前へ構え、アリシェは戦術と同時に思案する。――意図を計りかねる、と。危険な人物であろうが、理由もなく顔見知りを襲うようには思えなかったからだ。その理由自体がどうしようもないものという可能性はあれど、そのメリットとデメリットが分からない男ではあるまい。
「…どういうつもりですか」
 なので、聞いてみることにした。アンドゥは、おいおいマジかよ。とでも言いたげな表情を一瞬つくり、しかしすぐに笑みへと変わる。
「聞くのか?こんな時に?」
「……」
 穏やかな風が吹き抜け、空いた左手とネグリングを握る右手の内が新鮮な空気に冷やされる。
「ワカってんだろ?夜に男と女が何をするかってーヤツだ」
「…冗談のつもりなら」

 空気を揺らし踏み込むは、アンドゥ。速い。

「――男の本気を侮る女は、嫌われるぜ?」

 ネグリングを直接たたき上げた直後、右の拳打を打ち込む。2度、3度。腹を打ち、頭部はすかされ、3度目は軌道を変えた手刀が肩を打った。
「――ッく!」
 アリシェは鋭く飛び退きながら、射撃モードでアンドゥを狙う。くぐもった発砲音が響き、幾つかはその脇を掠めるものの、他は拳で打ち落とされ、あるいは弾かれる。何か仕込んであるのか、それとも――予測を立てるうち、アンドゥが踏み込む。
「アークス相手に真正面から撃ち込むってなぁ相当な自信だな!」
 左のフリッカージャブ。アリシェはこれをネグリングで弾き、避け、受け止め、飛んでくる右フックをかろうじて左手で捌きながら一歩下がりつつ、腕を交差するようにして射撃。ハカマシリーズの袖を通しての不意打ちがアンドゥの左腕に命中するも、さして堪えた様子はない。
「痛ぇ!」
「…おおげさな」

 大仰に叫びながらアリシェを追い、踏み込み直後に足を払いに行くも小さい跳躍に回避され、着地を狙い左手でジャブを打ちこむ。アリシェはあからさまな左手への誘導を把握してはいるが、”その気”で打ち込んでくる相手の経験には浅い。回避し、捌き、あるいは防ぐものの、身体が右へ向いた隙に大外からの右フックが側頭部に命中する。
「――っ」
 焦点が一瞬ブレる。左手が迫るのを視認するも、回避も防御も間に合わないと判断。対処を浮かべると同時、咄嗟に身を捻り倒れこみながらこれを回避。身を転回する最中にアンドゥと視線がぶつかる。口元に笑みが見え、その向こうでは右手を振り上げていた。時間感覚が穏やかに鈍り、打撃で乱された感覚が統一される。
「!」
 アンドゥは右手に渾身。別に死にはしないだろうと、殺意を込めた一撃を狙う。仰向けになっていくアリシェの腹を空中で捉え、砕く一撃を。前後の理由などどうでも良い。ただ戦術。専心である。

「――ッガァ!!?」
 左腿に激痛を感じ、アンドゥが呻く。同時に飛び退き、油断なく状況を把握する。アリシェが地面に左手を着き円運動をしつつ立ち上がるその足元に、血の円弧が描かれていた。アンドゥ自身の身体でネグリングが見えなくなったところで、アリシェは刃を展開。その先にあるアンドゥの身体を抉りながら倒れこんだのである。
「……いいねェ」
 傷は浅くない。だが、決定的でもない。本気の相手を止めるには、あまりにも浅い傷だ。
「……」
 アリシェは構えなおしながら己を改める。感覚を研ぎ、意思を纏め、呼吸を調える。良し。大丈夫だ。

――やれる。
 困惑や衝撃に揺さぶられた意識が驚くほど澄み渡り、しかし身体の熱はしっかりと感じる。その感覚には、覚えがあった。

「……いいねェ」
 アンドゥが構えを改める。痛みなど忘れたかのような戦闘姿勢。
「…若ぇってのは、なァ?」
 アリシェは答えない。代わり、ネグリングの切っ先がゆらゆらと揺れる。

 ゴーストタウンを、冷えて湿った風が通り抜けた。


――――「Play cat and mouse with」to be continued――――

Re: プレイ・キャット・アンド・マウス・ウィズ - ShinLu

2015/05/06 (Wed) 15:42:36



――――「プレイ・キャット・アンド・マウス・ウィズ」Part2――――

――――アークスシップ3番艦「ソーン」傘下宙域内、居住艦
――居住区域・13番市街地――
天候設定・曇後雨。時刻・深夜――――



「……いいねェ」
 アンドゥが構えを改める。痛みなど忘れたかのような戦闘姿勢。
「…若ぇってのは、なァ?」
 アリシェは答えない。代わり、ネグリングの切っ先がゆらゆらと揺れる。

 ゴーストタウンを、冷えて湿った風が通り抜けた。

 アリシェはネグリングを横倒しに構え、切っ先は小円を描くように……つまり、刃全体では手元に頂点のある円錐を描くようにして、緩やかに揺らしていた。
「勉強熱心だな。どっかにあったのか、そりゃァよ」
 アンドゥが知っているかは定かではなく、アリシェがどこまで身につけているかも定かでない。だが、実力が、従わせる意思が、その答えになろう。
「……一応は」
 対人の戦闘技術とは、現在のアークスにおいては捕り物とか、あるいは護身術程度のものが8割・9割を占めていると言っても過言ではなく、純粋な殺人技術というものはほぼまったくといっていいほど、まともに収めている人物はいない。良くてアークス的戦闘技術の流用であり、主眼に添えてはいないのだ。無論調べれば出てくる。だがそれは古い殺人技の真似事であり、本来のそれらからすれば児戯に等しいものである。もっとも、オラクル船団というものにとってもそのほうが都合が良いため、そのようにされているということもあるのだが。
 秘匿されているということは、すなわち管理するものがあるということだ。行為としては失われていても、そのものはなんらかの媒体で残されているケースが多い。アリシェが見せた動きは、そういったものの一つである。

「…やりづれえな」
 アンドゥはアリシェの体格や、任務に同行した時の動作からその特徴――鋭い踏み込みから全身、こと手足の鍛錬を。細い腰から動作の重要性と精確さへの認識を。撫で肩ゆえの引き上げの強さを――を推測してはいたが、なればこそ、追い詰めればカタナを抜くと感じていたのだ。

 追い詰められても手の内を見せぬ愚者か?そこまで愚直ではなかろう。

 追い詰められていないとのことか?その目は明らかに雰囲気が変わったのに?

 アリシェは待ちの姿勢だろうか。アンドゥも知らぬわけではないその構えは、かつて刺突とかすめ斬りに対応した直剣をもち、人を殺す為の技のものであった。あるいは名誉の為に決闘をする者達の技だとも。…そう、金属剣ならば気楽である。いかな業物といえど掴み取ってしまえばいいし、アンドゥにはそれができる。生半可なモノであればへし曲げ、動きを封じ、殴り倒すこともできるだろう。
 だが実際に目前の小娘が持っているのはネグリング……即ちフォトンの剣であり、触れるものは持ち手でさえ容赦しない狂犬のような得物だ。いくらなんでも掴むのは自殺行為である。
「……」
 じり、とアリシェが距離を詰める。ネグリングはガンスラッシュでも大振りの部類であり、フォトン刃の無い無害なフレーム側面も広いとあって、極端な近接戦では押すも引くもしづらいものだ。そして大振りゆえに刃も大きく、切っ先を突きつけるだけで牽制が効き、距離を操作しやすいともいえる。

 タ ン ッ。

 アンドゥは左前方へステップ。ネグリングの切っ先が油断なく張り付いてくるが、想定内。そのまま牽制で済むならと描くうち、ネグリングの切っ先が揺らぐ。
「――!」
 対してアリシェは手首を返し半時計周りに刃を振り下ろすも、アンドゥは間合いを見切り回避。前へ出るアンドゥに、アリシェは踏み込みながら手首を回し肘、肩を伸ばしてやや顔を上向かせる。円運動をしてブレたはずの切っ先が、ゆらりと捩れながら大きくその射程を伸ばす。
「――うッ、ぉおお!?」
 切っ先が左肩口を切り裂き、アリシェは踏み込んだ姿勢から内側へと身体を捻る。首を落とすように、切っ先が鋭角な軌道を描く。アンドゥは踏み込んだ足で地面を蹴りかろうじて回避。喉元に嫌な熱感を感じながら、力強く、確実に点を捉える刺突をかわしていく。直撃すれば2度3度余分に打ちこんでくるであろうそれは紛れも無い殺人技であり、そこへ身体能力とフォトンの定着による補強が合わさった、対アークス戦闘術のようでもあった。――大分荒削りではあるが。
「――ッチ! いい顔、するじゃ、ねえ痛ェ!」
 ハカマに遮られ足運びが見えず、踊る袖により腕のリーチが掴みづらく、捕えようにも不必要な接近が無い。アンドゥが疲弊したり、判断を誤れば良く、アリシェは己の動作と反撃への意識を持てばいい。牽制や誤魔化しではない、積極的に勝利を掴む動き。
「…、っ……っ」
 アリシェは努めて呼吸を、己を、乱さぬように律している。どこを打つべきかの候補を瞬時に見積もり、状況から最適箇所を選び取る。攻勢ではあるが、また同時に一方的に有利ではない。軸足を踏み出して距離を詰める必要が生まれるたびに大きめの、刃を引く際にも僅かな隙が生ずる。彼我を読み取り、吸い上げる。感覚や思考の先鋭化を、アリシェは無意識に行っていた。

 戦闘への適応ともいえるのか。

 しばらくそのような時間が続いた後。
「――ったくよォ!」
 意を決したようにアンドゥは身を低くし、刺突を回避。アリシェの懐へ潜り込む。
「最初からそうすりゃいいんだよ!」
 右ボディブローをアリシェは左腕で受け、僅かに身体が浮く。
「…っ、ぁ」
 次いで左フックが脇腹に突き刺さり緩やかに浮いたところを右回し蹴りが捉え、アリシェの身体は鋭角に地面に叩きつけられて小さく跳ねると、いつのまにか小雨で湿っていた地面を転げ、あるいは滑りながら吹き飛ばされる。見送るアンドゥの身体もまた、そこかしこから血を流し、幾つかは深いものであった。
 アリシェは打撃により染み込むようなダメージを受けていたが、アンドゥもまた、的確な切り込みによって無視できない傷を、それこそ積み重ねるようにして刻まれていた。一度思考を切り替えさせ、防戦から攻勢にさせた途端これである。アリシェが先に動かなくなってくれればいいが、そうでなければ血が持たない。回復や無視するにも限度がある。

 まして相手はあのアリシェである。打撃で臓物を潰されようが、骨を砕かれようが、回復薬を浴びてでもかかってくるだろう。そういった、一種危うい諦めの悪さと、戦いの鋭さ。

(――勿体ねェ)
 アンドゥは自然、笑みを浮かべていた。ネグリングを道路脇に放り落とし、左手にヤシャを取り、そのまま崩れ落ちたアリシェへ歩みよりながら。…打撃はきっちり打ち込んだ。アリシェは素早く、鋭く、そして脆い。捉えられない霞はしかし、強すぎる風には吹き散らされてしまうのに似ていた。見れば、乱れた髪の隙間から地面に赤い染みが広がりつつある。呼吸以外の要因で、時折かすかに身体が震えていた。
(勿体ねェよ、アリシェちゃんよ)
 アンドゥとアリシェ、そして退廃的なモノクロームの青い路地を、曖昧な小雨が覆っている。街灯は無く、やや遠目に見える幹線道の明かりは幽界との境界めいてぼんやりとしていた。

 殺界。

 旧い時代の占術の言葉だという。何をするにもよくない――不吉の象徴。
 その意味は今のオラクルに正確には伝わっていないが、殺伐としていながら幽界のように曖昧なこの場をあらわすに最適なようにすら感じられた。

 アンドゥは血と泥に汚れたアリシェに歩み寄り、右手指を独特の形にそろえた。頭の中で何かが利かない。だが別にそれでいい。
(あるなら…見せてみろよ)
 左手でアリシェの首元を掴み、膝立ちにさせる。まったく脱力していて、口内から溢れた血が手指に恨めしげに絡む。眼鏡は血と泥に沈んでいた。左手に持ったヤシャは、かろうじて指に引っかかっている程度だ。
「……」
 俯いて脱力しているため、髪に隠れた目元は伺いしれない。親指からの感触は、まだこの少女に息があることを伝える。
「悪ぃな……アリシェちゃんのオッパイに触る趣味は………まあ、あんまねェんだが」
 右手に力が篭る。骨格を推測しつつ人差し指と中指を伸ばし、親指と合わせて鉤のように形作る。抉るのでなく、穿つ構え。窒息でも、頚動脈を切るでも、不足に感じたのだ。
「…勿体ねェ」
 にやついた笑みを浮べ、アリシェの左胸へ右手を突き入れた。


――――「Play cat and mouse with」to be continued――――

Re: プレイ・キャット・アンド・マウス・ウィズ - ShinLu

2015/05/06 (Wed) 16:54:39




 思えば、それは、驕りだったのか。











――――「猫が、鼠を弄ぶ様に」Part3――――




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 直感。あるいは、直観。
 まったく本人にとって理解できないほど、アンドゥは唐突に飛び退いた。何故なのか、省みる余裕も無かった。




 道路の隅から。かん、こん、と白鞘が硬い音を路地に反響させていた。アリシェは右へ身を捻りながら崩れ落ちる最中で、髪は踊り子のドレスのように舞い、口から零れる血は彼女の軌跡を円弧で飾っていた。汚れた袖は優雅に舞い、袴はそれらを支える奇妙な台座めいてねじれている。
 曖昧な雨など彼女に近づくこともできない、というほど。ふわりと、アンドゥの見る前で風が渦巻き、身を捻るアリシェの向こうに、右手で確りと握られた抜き身のヤシャが見えた。狂的なまでに鋭く鍛え抜かれた、鈍い銀色の殺意の具現。

 それはあたかも、出来すぎた芸術のように。時が切り離されたようなひと時だった。

「ガ、――……」
 不可思議な青い文様の浮ぶ右腕ごと、アンドゥの屈強な肉体が切り裂かれていた。切り裂かれているというより、それこそ”ただ、通り抜けた”ように。身を引いた。完全に回避した。果たしてそうだろうか?確信と疑念が同時にわきあがる。重なった認識。もう、長らく存在しなかった感覚だ。死を招く感覚。この交戦では驚きこそすれ、そのような感情は無かったにも関わらず、即ち、混乱があった。

 技術者である。研究者である。故にあり得ないとでもいうのだろうか。別に考えてはどうか。その道は届いていないのだと。その道によって、アリシェの、この、この小娘の中に何かが封じ込められてはいなかったかと。あるいは、その道程で、これほどの何かを生み出すものを拾い上げたのかと。

「………おゴ、…べッ」
 口中に血が溢れ、道端に吐き捨てる。モノメイトでもいい。手当てをしなければ野垂れ死ぬか、因縁を持つものに囲まれるか、いずれにしろ無事で帰れないような、凄みのある一閃。あと僅かに何かが狂うか、あるいは精確だったら――致命傷どころではなかっただろう。
 アークスとして。戦闘者として誰もが常識から外していた概念――三寸切り込めば、人は死ぬ――それがまだ現実としてまかり通っていた時代の、執念か。このヤシャは、刀は、それを持ち、アリシェはそれを表したのか。
「……」
 アリシェは音も無く崩れ落ちて、弱々しく呼吸をし、時折小さくむせる。それでありながら左手に小さな瓶が見え、おそらくはモノメイトを取り出していた。

――まだやる気かコイツ。

「……っは、く…くっく…」
 切り裂かれた周囲の感覚は無く、半身も不気味な痺れが来ている。相当いいのをもらった。あの気迫で動くなら、次は首を取りに来るだろう。…アンドゥは何らかの収穫があったようにニヤつきながら。
「おい、アリシェちゃん!もう終いだ! こりゃぁアレだ。ナイトレイドのインストラクションってやつだ!」
 大声のつもりだが、ぎりぎり聞こえただろうか。内部的にはつながってきているが、フォトンの流れさえ断絶されたかのような感覚に、どうも力が入らない。久しい感覚だ。
「………」
 アリシェは何も言わないまま、モノメイトを開封して口の血を洗い、飲む。二本目を開封し、雑に身体に染み込ませる。
 アンドゥもまたディメイトを取り出し、
「…おい、マジかよ」
 ゆらりと立ち上がり、ヤシャを構えるアリシェを認めた。打ち込んだ衝撃は体内を痛めつけ、ましてこのような一撃。使い手といえどいささか負担が大きいはずである。
「そいつぁ…なんだ、呪われた得物か何かの類なのか?アリシェちゃんよォ…」
 これは死ぬ。そして、殺す。そう思いつつ、アンドゥは笑みを浮かべていた。理由は、いうまでもなく。
「……」
 アリシェは一歩踏み出し、膝をついた。そして。
「…模擬戦でいいと言っていませんでしたか」
 大きく深呼吸。アンドゥはやや警戒していたが、やがて不完全な構えを解いた。
「こんくらいしねぇと、アリシェちゃん甘っちょろいからよぉ」
「……」
 しばしそうしてから、アリシェはネグリングと鞘を拾い、ヤシャを収めると服の汚れを軽く払う。
「……」
「おいどこ行くんだ」
「…部屋に戻って着替えて休みます」
 口調からは疲労感が色濃く感じられる。もっとも、それはアンドゥとて同じことだが。
「…いやアリシェちゃんよォ、メディカルとかに」
「明日行きます。…それにお互い様では」
「……お、おう…」
 痺れは引かないままである。明日になればなんとでもなるだろうが。


 それから数言言葉を交わした後、奇妙な時間は終わりを告げた。
 アンドゥは意図を伝えるでもなく、アリシェは尋ねるでもなく。


 見送るアンドゥは、曖昧な雨の向こうでヤシャを振り抜いたアリシェの口元にあった、どこか艶やかな笑みを思い出していた。



 陰鬱なモノクロームと薄青の世界を、曖昧な雨がいつまでも濡らす夜だった。



――――「Play cat and mouse with」end――――

Keen for the keen edge. - ShinLu

2015/07/03 (Fri) 11:33:29

陰鬱なモノクロームと薄青の世界を、曖昧な雨がいつまでも濡らす夜だった。


――――――――――――

 しばしそうしてから、アリシェはネグリングと鞘を拾い、ヤシャを収めると服の汚れを軽く払う。
「……」
「おいどこ行くんだ」
「…部屋に戻って着替えて休みます」
 口調からは疲労感が色濃く感じられる。もっとも、それはアンドゥとて同じことだが。

――――――――――

 ゆらりと立ち上がり、ヤシャを構えるアリシェを認めた。打ち込んだ衝撃は体内を痛めつけ、ましてこのような一撃。使い手といえどいささか負担が大きいはずである。
「そいつぁ…なんだ、呪われた得物か何かの類なのか?アリシェちゃんよォ…」
 これは死ぬ。そして、殺す。そう思いつつ、アンドゥは笑みを浮かべていた。理由は、いうまでもなく。

―――――――――――

――まだやる気かコイツ。

――――――――――――

 不可思議な青い文様の浮ぶ右腕ごと、アンドゥの屈強な肉体が切り裂かれていた。切り裂かれているというより、それこそ”ただ、通り抜けた”ように。身を引いた。完全に回避した。果たしてそうだろうか?確信と疑念が同時にわきあがる。重なった認識。もう、長らく存在しなかった感覚だ。死を招く感覚。この交戦では驚きこそすれ、そのような感情は無かったにも関わらず、即ち、混乱があった。



―――





。現具の意殺の色銀い鈍、たれか抜え鍛く鋭にでまな的狂。たえ見がャシヤの身き抜たれら握とり確で手右、にうこ向のェシリアる捻を身、き巻渦が風で前る見のゥドンア、とりわふ。どほういと、いなきでもとこくづ近に女彼どな雨な昧曖 
。るいてれじねていめ座台な妙奇るえ支をられそは袴、い舞に雅優は袖たれ汚。たいてっ飾で弧円を跡軌の女彼は血るれ零らか口、い舞にうよのスレドの子り踊は髪、で中最るち落れ崩らがなり捻を身へ右はェシリア。たいてせさ響反に地路を音い硬が鞘白と、こん、かん。らか隅の路道 



 それはあたかも、出来すぎた芸術のように。時が切り離されたようなひと時だった。



―――――――



――――「キーン・フォー・ザ・キーン・エッジ」――――



――――アークスシップ3番艦「ソーン」傘下宙域内、居住艦
――居住区域・13番市街地――
天候設定・雨。時刻・昼前――――



 13番市街地……通称13番街にいくつか存在する、穏やかなゼン空間をテーマにした休憩施設。街中にあふれる猥雑な騒音や振動をシャットアウトし、い草と高級オーガニックヒノキの柔らかな香りに包まれた空間を提供する。
 その用法や営業理由はさまざまで、ジャポネあたりから伝わったボンズや武芸者くずれが形ばかりのメディテーションをしたり、穴場にあるものはエグゼクティブな男女やマケグミ一歩手前の男女がネンゴロ・マーケティングをするのに使ったり、はたまた正統派な武芸者やアークスがきっちりとしたメディテーションをしたりもする。
 そのような施設のひとつ、クロイ・ナルキッソスの高級ルームに、ある少女がいた。

「……」

 身につけるは薄い青のユカタ。栗色に近い茶色の髪を後ろに束ねている。正座し、目前のタタミには白鞘に収められたカタナ……おお、知る人ぞ知るであろうこのカタナは、かつて闇世界に名を知られた刀工、キッカ・ヨシノが打ったというヤシャである!
 贋作ではあるが、真作とも違う血に塗れたいわくを持つこのカタナ……通称サクラ・ヤシャがなぜこのような少女の手元にあるのか!?それは今語られるべきではないだろう。

「……」

 高度なメディテーション状態にある彼女の首筋にはうっすらと汗がにじむ。ルームはタタミ12枚程度の広さにフートンが一人分敷かれ、適温に保たれた快適な空間だ。つまり、この汗は温度や湿度によるものではない。彼女――アリシェは、おおよそ一月ほど前に起こった出来事を詳細に思い出し、脳内でレンダリングしているのである。

「…スゥ…ハァ…」

 静かな呼吸。その胸は奥ゆかしい。彼女はしっかりとしたメディテーションやサムライ呼吸を学んではいなかったが、自身にとって必要な身体の動かし方、呼吸の仕方は、経験則で習得していた。同時に、集中力の高め方も。

「…スゥ…ハァ…」

 アリシェの呼吸はメディテーションを始めた頃よりも幾分強く、乱れ気味だ。肉体の運動こそないが、仔細に渡る回想と、それによる戦闘体験の再認識がアリシェのニューロンを加速し、身体を巡るフォトンもまた活性化。体温は上がり、汗がにじみ、呼吸は揺れる。
 一見すると恋人との逢瀬の後のような艶やかなアトモスフィアではあるが、実際は殺し合いの記憶をリプレイしている。しかして、剣呑さは全く感じさせない。アリシェは、リプレイした全ての感覚を己の内に蓄積し、消化しているのだ。

「…あっ」

 数度目かの、”その瞬間”のリプレイ。鞘を弾き飛ばし、カタナを振り切ったその瞬間の。敵対者の貫手が着衣に触れ、しかし肌を歪ませない、ごくごく限定的な、正しく”一瞬”のリプレイ。その一瞬で敵を退かせ、傷を負わせた。

 アリシェは優秀な使い手である。研究者を目指していた、と言われればもはや、首をかしげる者さえ出てくるであろうほどに、戦闘のセンスが優れている。技術も、自らの内で熟成し、高めている。
 それでも、その瞬間の一撃はおそらく不可能なものである。あまりに速く、鋭く、無慈悲な一撃。まさしくサウザンド・ワンめいた幻の一閃。アリシェはその速さも、技術も、無慈悲さも持ち合わせてはいない。不可能だ。「無い袖は実際無い」ミヤモト・マサシのコトワザである。

「……くっ」

 微かな声が漏れる。形容しがたい衝動が、熱が。アリシェのニューロンを、首筋を、肩を、背を、胸を、腕を、腰を、手を、脚を、足を、そして心を、急き立てるように灼いてゆく。今一度、今一度。耳を犯すように囁くのは、音ではない。囁いてすらいない。それは己の内から来る、探求と欲求の心だ。好奇心だ。キュリオスティー・キルド・イン・キャット。誰が猫を殺せるか。



(((今一度、あの一撃を)))



「ンアーッ!?」
 アリシェは耐え切れず、胸を抱くようにして後方へ倒れこんだ!強すぎるイマジナリー・フィードバックに対し、アリシェはい草に倒れこみ心を落ち着かせる事にしたのだ。
 強すぎる好奇心と、加速し続け焼きつきかけていたニューロンの熱は消え去っていたが、それでも身体に残る衝動と疼きは暫くアリシェを苛み、胸痛に涙する子供のようにじっと耐えるほかなかった。

(危なかった)
 目を閉じ、静かに深呼吸をして新鮮な空気と引き換えに熱を逃がしつつ、アリシェは心の中でつぶやいた。危なかった?問題ない。青少年のなんかは守られた?否、そういった猥褻な意味ではない。

 アリシェは動きかけたのだ。熱を爆発させ、衝動を解き放つために。目前のヤシャを手に取り、振り払う。……あるいはそれで、目的は達成しえたのかもしれぬ。だがアリシェは認めなかった。それでは嘘になってしまう。違うのだ。

 タイガーを捕らえたからといって、野放図に食い散らかさせてはならぬ。ただ飼うことと、振り回されること。そして飼い慣らすことは、違うのだ。そして本質を理解することは、それらのいずれでもない。だが、その全てを知らねばならない。アリシェは、そこまで見えているのだろうか?

「……」
 ユカタの裾が乱れ、白いふくらはぎが露わになるのも厭わずに仰向けになる。眼鏡をはずし、左手の甲を額に乗せる。高級オーガニック・タタミの心地よい香りと冷たさ、それらを体温が染めていくおぼろげな感覚とともに、目を閉じる。アリシェがこうまで雑にリラックスするのは、一人の時でさえ珍しい。
 右手でユカタの襟を引き、少しだけ緩ませる。呼吸によって胸が上下するたびに体温と外気が混じりあい、汗が冷やされていく。ふと目を開けて壁掛け時計に目をやると、メディテーションの開始から一時間も経過していた。――じき、軽食の時間だ。部屋のレンタル時間も近づいている――そうアリシェが思った時である!

(グワーッ!)「…!?」
 廊下から男の声、直後にアリシェが居る部屋のドアに何かがたたきつけられる音と衝撃が響いた!完全防音を謳いながらのこの現実!暴力沙汰を考慮していない安普請か!比較的治安が良いために致し方ないことではあるが、結果的に良い方向に働いたといえよう!なぜなら、
「イヤーッ!!」「グワーッ!!」「…!?イヤーッ!」
 次の瞬間、ドアと共に男が蹴り込まれたのを、音に警戒していたアリシェは跳ね起きるように回避したのだ!

― ― ―

「グワーッ!」タタミをすべり、仰向けに地面に転がった男は灰色のロングコートに小奇麗なスラックス、ワイシャツという出で立ちで、明らかに戦闘向きではない。その胸ポケットには、旧世代の遺産じみた縦4.7センチ、横5.1センチ液晶パネルに「懐かしさ」とレーザー刻印されたタグ……おお、これこそは旧遺産蒐集組織、カイコメモリ・シンジケート上級構成員の証だ!しかしなぜこのような場所に!?

「アー、すいません。やりすぎましたァ」のっそりと室内に姿を現したのは、角刈りに安物のアロハシャツにハーフパンツ…見本のようなヤクザバウンサーだ!「安いドアっすねぇ。あ、お嬢さんはそのままで…」ヤクザバウンサーはおもむろに携帯端末を取り、どこかへ連絡を取り始めた。

「…」アリシェは出方を伺う。明らかにかかわるべきではないが、カイコメモリ・シンジケートには縁がある。放置するつもりはなかった。

「それで、エート。女の子がいるんすけど。ええ、見られました。アッハイ、排除重点。ファック・アンド・サヨナラ可能。了解、ファックしていきます」「……ぐっ」カイコメモリ・シンジケート上級構成員はいまだ満足に動ける状態ではない。モノメイトかなにかでの治療が必要であろう。となれば、することはひとつだ。

「お嬢さん、悪いが俺のストレス」「イヤーッ!」「グワーッ!?」一瞬で距離をつめたアリシェがヤクザバウンサーの顎を右掌底でかち上げる!のけぞったところで強烈な蹴り上げがヤクザバウンサーの股間を追撃!ブーツは既に転送着用されている!「イヤーッ!」股間破壊!「アババババーーッ!!」ヤクザバウンサーは頭頂部でブリッヂしながら痙攣しタタミに崩れ落ちた!戦闘不能!

「しっかりしてください」アリシェはモノメイトをひとつ開封し、カイコメモリ・シンジケート上級役員に少しずつ飲ませる。途中から、彼は身を起こし、自力で一本を飲み干した。「ドーモ、ケッコーナオテマエデ」古典的な感謝チャントを口にすると、カイコメモリ・シンジケート上級役員は自らをタヌキドと名乗った。

「ドーモ…スミマセン…チド……ライオネル=サンからヤシャを託された方が、こちらにいると聞いて…」タヌキドの言葉に、アリシェは一瞬目を見張る。確かに、ライオネル――アリシェがサクラ・ヤシャを手にする切欠となった男の偽名だ――がその手の通信をしていてもおかしくはない。だが、確実ではないはずだ。まして、ブラックペーパーに捕捉される可能性もある。自分がヤシャを受け取り、いまだ保持していることなど、恐らくあの場に居た人間以外知るはずもないだろう。そういった予測を乗り越えてきたのだ。なんという情報ネットワークと、それを運用する手腕か……!

「…それで?」アリシェは白鞘に収まったままのカタナ…サクラ・ヤシャを片手に持ったまま先を促す。敵方のブラフでないとは言い切れないからだ。「いえ、アノ…それで、その人に伝言がありまして」「スッゾコラー!」「ザッケンナコラー!兄貴ドシタッコラー!」廊下から粗暴きわまる男の声!今しがた倒したヤクザバウンサーの仲間であろう。「アイエッ」タヌキドが声を詰まらせ「…行きましょうか」アリシェは立ち上がる!タイムイズマネーだ!

「ザッケンナグワーッ!?」黒アロハの男が部屋にエントリーすると同時にアリシェの前蹴りを受け廊下の壁に衝突!跳ね返って戦闘不能!「アッコラー!?ガキッコラー!」ドス・ダガーを抜いた茶アロハの男が横合いから襲い掛かる!「イヤーッ!」アリシェは刺突を軽くいなし、男の鳩尾に掌打を打ち込む!「オゴッ…」「イヤーッ!」「グワオゴーッ!!」胃液を逆流しかかる茶アロハをサイドキックで窓から突き落とし、吐瀉物を完全回避!

「こちらへ」「料金は…」「先払いです!」アリシェが先行し、味のある木製階段を優雅に飛び降り、パルクールめいた前転でダメージを回避!「ナンオラー!」駆け上がってきた赤アロハヤクザバウンサーと遭遇!「スッゾコラー!」ドス・ダガー刺突!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!!」アリシェはその勢いを利用して後方へ投げ落とし、股間に無慈悲な踵落しを決め破壊すると「急いでください!」「アイエエエ!!ハイ!」タヌキドに激を飛ばす!タイムイズマネーだ!!

「「「ザッケンナコラー!」」」出口へ向かう廊下で3人のアロハヤクザが襲撃!アリシェは「イヤーッ!」一人目を「グワーッ!」懐に飛び込み股間をブーツで蹴り上げて「イヤーッ!」二人目を「グワーッ!」ヤシャの鞘で喉を打ち破壊!「スッゾコラー!」三人目!ドス・ダガーの斬撃を回避してから「イヤーッ!」腕を取り、身体を捻りながら飛び越えて「グワーッ!」肩を破壊!「イヤーッ!」崩れ落ちた男の顔面に強烈なストンピング!「グワーッ!」さらにこめかみを一撃蹴り付け、タヌキドが追いつくのを待ってから脱出!無人カウンターで時間内の退出ゆえ、違法性無し!ユカタにも返り血や汚物のたぐいは一滴もついていない!ワザマエ!

「ハァーッ、ハァーッ…」「…運動不足では?」「ハイ…ハァーッ…」タヌキドが息を整えるのを待つ間、アリシェは油断なく周囲を警戒しながら進む。襲撃者にはもれなく強烈なダメージを与えた。細かな情報はそう簡単には渡るまい。…タヌキドの情報は漏れているようだが、巻き込まれるわけにも行かないのだ。

― ― ―

「も、もう大丈夫です」
 同じカイコメモリ・シンジケートの者に連絡を取ったタヌキドがそう言ったのは、三区画ほど移動した先のカフェテリア前であった。タヌキドのコートは依然、埃や鼻血が多少ついてはいたが、ワイシャツはシワが増えた程度だ。普段はサラリマンであるらしく、仕事着へのこだわりは強い。なおこの移動中にアリシェはアロハシャツを着たヤクザ構成員を四人ほど追加で打ち倒し、所属を吐かせ、当局に通報したことで末端ヤクザクランの命運が尽きたことを記しておく。そうこうして、気付けば、雨は既に止んでいた。
「…そうですか」
 一方のアリシェは無傷だ。ヤクザ達の中にアークスはおろか、サイバネ強化者さえいなかったため、身体能力で圧倒するなどベイビー・サブミッションである。

「それで、その。その、本題、なんですが」
 タヌキドはおずおずと切り出す。年頃の少女が持つには不釣合いなそのカタナ。だが彼もまた、ライオネル……本名・チドリと同じく、優れたる物品は優れたる者が扱うべき、という思想を持っていたし、逃げながらも観察した彼女――アリシェの能力には、確かにそれだけの可能性を感じた。なので、その所有についてあえて尋ねることはしない。シツレイだと感じたのだ。

「……ええ」
 アリシェからすれば細かな心情はわからないまでも、ヤシャについて追求されないのは好都合であるし、ヤクザクランに追われながらも来たということは、それなりの事情があるのだろうと直感していた。それにそこも含めて罠が仕掛けられているとしたら、タヌキドを締め上げればよい。

「キッカ・ヨシノのカタナを集めているとか」
「いえ、特に」
「エッ」
 事実である。居合いの練習用にキッカ・ヨシノのカタナをモデルにしたものを購入したり、そして今手にするサクラ・ヤシャとの縁はあれど、特別集めているわけではない。その作風や己との相性には魅力を感じるが、それが故に集めることをしていないともいえる。…集めたところで、今のところアリシェが適切に管理するのは難しいのだ。

「しかし」
「特別集めてはいませんが、魅力的なものだとは」
「アッハイ、それなら…」
 タヌキドは懐からマキモノを取り出した。かつてジャポネなどにおいて運用された古文書の形式を取る、おくゆかしいミッショ・メールだ。金属の芯棒に長い長方形の高級和紙が接着され、巻かれている。その内面に情報を記入し、外面はトラディショナルな緑と黒のカラクサ・パターンが描かれ、封蝋部に「大したことのない情報」と注意書きの紙がつけられている。万一何者かにこのマキモノを奪われたりしても、中身に価値がないことをあらかじめ匂わせることで興味を失わせ、情報の漏洩を回避する高度な心理操作技法だ!

「ドーゾ」
「……」
 アリシェは「大したことのない情報」という紙を一瞥してから受け取り、広げる。内側にはびっしりと……文字が書かれて……いない!そこにあるのは、ある程度の規則性を持っていることは推測できるものの、意味を理解できない……大量の「●」であった!

「これは…」
「●」印刷はおそらく縦25列、横100行以上に渡って記入されており、あるところは紙地のまま、あるところは飛び飛びになり、さながら記号の集合で絵を描く、一種のアートめいた様相を呈している。

「…お分かりになりますか」
 タヌキドはじっとりと汗がにじむ。彼はカタナやヤリ、セントリーガンに通じるカイコメモリ・ウェポンクランの構成員でありその知識は実際深いが、知らぬ分野はとことん知らぬのだ。カイコメモリ・シンジケートには良くあることである。

「……パンチカード」
 ワッザ!?パンチカードとは!?アリシェはこの不細工なレンコン・コレクションめいた「●」集合に心当たりがあるというのだ!……それもそのはず!恐らく身近な者でさえ知らないが、アリシェはかつて、きわめて高度な教育機関に通っていた。無論専門的・限定的な範囲ではあったが、その過程でこのような不可思議情報を吐き出す機械を相手にしたことがあるのだ!

「アッ、そうです!パンチカード!持ってきた人が言ってたやつだ!」
 タヌキドの表情が明るくなる。彼自身名前をうっかり忘れていたのだ。しかしその表情はすぐに翳る。アリシェの手元に、これを読み取る装置や技術がないことは明白だ。かといってシンジケートに頼るわけにもいかない。タヌキドは勿論、アリシェにいたってはアークスである。余計な火の粉を呼び込むことになりかねない。

「…すぐには解読できませんが」
「……イエ、かまいません。それを、ヤシャを持つ人に渡せと」
「わざわざ?何の情報です?」
「……」
 タヌキドはハンカチで汗をぬぐう。彼にとっては数十分にも感じる数秒ののち、ようやく口を開いた。

「キッカグワーッ!!」
 突如、タヌキドの右肩が爆ぜた!...KBAM...!血飛沫と共に肩の肉が抉り取られ、破片となり宙を舞う!次いで「しまっグワーッ!」タヌキドの左腿が爆ぜた!...KBAM...!血飛沫と共に肉が抉り取られ、薄汚い道路にインクめいて飛び散る!「イヤーッ!」アリシェは既に駆け出していた……弾着とマズルフラッシュ、つまりタヌキドの肉の抉られ方と狙撃銃の発射炎から、狙撃者の方向を割り出したのだ!

― ― ―

「アバーッ!タツジン=サンアバーッ!マキモノを…キッカ・ヨシノグワーッ!」地面に倒れたタヌキドの背に着弾!...KBAM...!この威力は明らかに民間向けの銃弾ではない!「イヤーッ!」マズルフラッシュを目視したアリシェは跳躍!ゴミ箱を踏み台に!「アバー…!」後方からタヌキドの悲鳴…ナムアミダブツ…...KBAM...!だが、今は振り返る時ではない!

「イヤーッ!」アリシェは低い街灯を踏み台に跳躍!FLASH!空中で身を捻る!銃弾がキモノの帯を掠めた!そのまま...KBAM...!アーケード街の屋根に着地!決断的スプリントを開始する!ここから先は実際ゴーストタウン化が著しいエリアで、ゆえに狙撃者が潜伏することができたのだ…想定が甘い!アリシェは己のウカツに歯噛みする。FLASH!前方へ身を捻り跳躍!やや後方でガラスを打つ甲高い音!..KBAM..!

(…位置は見えてる。あとは、逃がさないよう…忘れないよう…)アリシェは脳内に地図をイメージ。狙撃者の位置をマーキングし、FLASH!アリシェは広告看板の金網に一瞬掴まり、身を捻り..KBAM..!、蹴り、掴まり、勢いを増して飛ぶ!銃弾など気にならぬ!ナノトランサーに収納したマキモノを思い、愛用するヤシャを思い、そして恐らく力尽きたタヌキドを思う。センチメントではない。為すのだ!解き明かさねばならぬ!

FLASH!「イヤーッ!」アリシェは強く、高く、跳躍!.KBAM.!もはや目視しての回避は、アリシェの運動能力と反射神経をもってしても困難だ!彼女の能力はヒトの域を抜けてはいない!となれば……殺すが勝ちだ!BAM!着地!KBAM!「イヤーッ!」アリシェはヤシャを抜き放つ!飛来した銃弾を弾き飛ばした!ワザマエ!

「ドナッテンダコラー!?」スコープ付きアサルトライフルを投げ捨て、マシンピストルを抜いたソフトモヒカンの半裸色黒男が喚く!その胸には…おお、ゴウランガ!アークスの紋章!の下に、黒いカードが重なっているデザイン……これはもしや…ブラック・ペーパーのコピーキャット…もしくは!?

「イヤーッ!」アリシェは決断的速度で接近!「ウ、ウワーッ!」BLATATATAT!やや狙いが乱れるも、それがかえって攻撃密度を上げる45口径フルオート射撃だ!無論直撃すればアークスといえど重傷必死だ!「――ッ!」アリシェは……アリシェの主観時間が泥のように鈍化していく!大して己の運動に不備はなし…覚悟を決める!TATATA!男はなおも射撃!

「……イィィィ……ッ!」一発目の銃弾を屈んで回避、さらに身体を回し二発目を回避。腕をクロスし、倒れこみながら三発目の熱が頬に触れるのを感じる。四発目は回避必要無し。五発目、一回転して左手で地面を叩く。同時に身体の軌道を修正し回避。六発目、ヤシャの柄頭で横から弾き。七発目、姿勢を起こし、右膝を上げて回避。八発目、首を傾げるようにして回避、左の首筋を掠め血が舞う。九発目、駆け込んで回避必要無し。十発目、左脇腹を抉る。直撃ではない。無視。右後方へヤシャを流すように構え、走る。十一発目、反動コントロールできず大きく逸れる。回避必要無し。狙いを定め、左方向へゆらりとヤシャを動かす。十二発目、同じく。斬り払う。「ヤァァアアーーッ!!」十三発目は、放たれなかった。「 グ ワ ー ッ ! ! 」鈍化した時間の中、男の右肩が斬り飛ばされた。

(やはり、違う)

「グワーッ!アバッ、アイエエエエ!!アイエエエエエ!!」45口径フルオート射撃をかいくぐったアリシェに対し、男は死神を見た信心深い兵卒めいて錯乱!残った左手と足をバタつかせアリシェから逃れようとするが、かなわない。激痛と混乱がそれぞれの動きをちぐはぐにしてしまい、あたかも瀕死状態のワームめいた醜態をさらしていた。「アイエエエエ!コワイ!アイエエエエ!」さらに男は失禁!

「…アークス?」アリシェは左脇腹の出血も意に介さず、尋ねるように呟く。「アッハイ!アークスです!アアー!スミマセン!ブラックペーグワーッ!…ペーパーの、マネグワーッ!」男は壊れた蛇口のように白状する。この恐ろしい少女剣士が、ブラックペーパーを騙る者や仇なす者を粛清する”猟犬”だと勘違い!保身のため洗いざらい白状することにしたのである!フォークロアめいた伝説的恐怖と共に語られるとはいえ、なんたるトーフ・メンタリズムか!「スミマセン!ゴメンナサイ!」「…コピーキャット?実際?」「アイエエエエエエエエエエエエ!」男は恐怖のあまり失禁しながら白目を剥き失神!インガオホー!

― ― ―

 治安維持局が到着する前にアリシェは区画を離れ、帰途についていた。ナノトランサーと己の心には今、行きには無かった荷物がある。つまり、マキモノと…メディテーションによる感覚的な収穫、それに、謎そのものだ。ブラックペーパーのコピーキャット、マキモノそれ自体、託された理由……

「…カタナ、か」
 タヌキド。その名を並び替えると、ドタヌキ……おお、なんたる奇跡の一致か!かつて名を馳せた名工と同じになることに、アリシェは気付いたのである!であれば、ヤシャを持つ者に託すマキモノ…それがカタナ関係のものであっても、なんらおかしくはない!

 無論、したためた者が別人であれば、違う内容もありうるだろう。しかしメッセンジャーとは往々にして、その本人にも意味を持たせられる。その人物が届ける必然性を隠すこともあるのだ。決してこじつけと切り捨てることはできない。

「とにかく、これを読めるところを探さないと……それも、できるだけ内密に」
 ログの保管を任意で行え、かつ信頼のできるものが必要だ。…業者など話にならないし、”赤バー”の知人にも下手をすれば迷惑が及ぶため、解読を頼むわけにもいくまい。相談くらいは、悪くないかもしれないが。

「…タヌキド=サン。コトダマに包まれてあれ」
 アリシェは神秘的なチョージ・チャントを口にすると、しめやかにセーフハウスへ駆け出した。幾多の謎を解くため。また、ブラックペーパーの影を払うため。今はただ走れ、アリシェ!



――――「キーン・フォー・ザ・キーン・エッジ」――――おわり

Re: プレイ・キャット・アンド・マウス・ウィズ - ShinLu

2015/07/04 (Sat) 02:15:24

(せいさくチームより)
今回のエピソードン更新において、「い草」と「高級オーガニック・タタミ」などの表記揺れを初め、こまごまとしたインシデントが散見されております。
修正しようとしたところ担当者が無断でログイーンーして証拠隠滅ミッションに取り組んでいたため、速やかに取り押さえてケジメしました。
運営チームは「これもいいじゃないか。味があって」とコメントしており、おそらく現状が最終更新となります。

以後、基本的にはこのページに追記する形でエピソードン更新していくので、よろしくお願いします◆スシ◆

なお、主にこの忍殺ほんやくチームをリスペクトした文体更新時、アリシェがイヤーとかンアーとか言ってたり、その他いろいろと忍殺メントしていますが、実プレイにおいてアリシェはイヤーとかンアーとか(おそらく)言わないし、アロハヤクザなんかもイヤグワ言ってない可能性が実際高い。

親愛なる読者のみなさんにはぜひ、「結局何があったのか」という簡略化した結論で受け取って頂けるとありがたい。なお、気が向いたら担当者を呼び出し、額にウォーターガン連射して集中力を高めた上で通常文体の更新も企画している。今のところしない。

それでは、今後ともよろしく。カラダニキヲツケテネ!◆ソバ◆

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