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トゥ・ザ・フューチャー・マイ・フレンド・ザ・ダイジェスト - ShinLu

2016/01/27 (Wed) 21:24:06




―――――



―――







 要するに。







―――



―――――



 僕たちは、こどもだ。
 ああそうなのか、と諦めることができない。
 酷い目に遭っても、もう終わったと分かっていても。けれどその認識を疑う往生際の悪さを持っている。今まさにナイフが突き立てられても、あと何センチ、何センチと腕が動いて敵を打ち倒すことを目指してしまう。

 腱を切られ骨を砕かれ神経を焼かれても、手を伸ばすことをやめられない。とても、とても愚かなことだ。

 自分自身をぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、目をえぐられ、モノとしての身も心も溶かされて、それでも手を伸ばした。



「そろそろ、起きなくちゃ―――」



 きっと届かないのだ。だからこそ、ここまで醜くいられるんだ。
 きれいなもののために、どこまでも。






―――



「……。…」
 形容しがたい光景であった。
 ひどく清潔な、白い部屋。そのすべてが滲んでいて、ただ光だけがそこにあるような錯覚さえ覚える。
 視線をめぐらせても、あまり変わらない。やがて光に目が慣れて――懐かしい風景を思い出した。

 研究室。友人。レミッサ。ラプンツェル理論。自殺。悔恨。求めること。

「――」
 身体が痛む。多少動かせるものの、筋肉は糊がしみこんだかのようにきしみ、間接は油が切れた機械のようにぎこちない。
 ぼやけた景色がさらに滲む。視線を横に向けると、閉じられた白いカーテンと小型の机。机の上では、ひとさしのアカシアが樹脂に固められ、飾られていた。
 すべての景色が揺らいでいる。目が、景色に慣れない。まるで違うものを見たがっているかのように。

「…っ、…」
 呼吸が荒くなる。持ち上げ目元を押さえようとする手が間に合わず、まばたきと共に雫が零れ落ちた。同時、眠っていた意識がほろほろと胸におりてくる。悔恨、苦痛、それを乗り越える――何か。言葉にできないもの。

「……っ、ぅ…」
 声を殺す。きっと、あのこは泣かなかったのだからと、そんな言い訳をしながら。
 落ちてきた姿を思い出す。目を奪われた金色。間近にあった白。離別を示す赤を。けれど絶望の色は、見えない。あんな姿にされて、それでも力強く、儚く、送り出してくれた。どうして、独り悲嘆にすがることができようか?

『まだ、終わりじゃない』

 声ではない。文章でもない。誰かの言葉が、震える胸に響き渡る。いつもそばにいて、手を引いて、時に手を引いた、あたたかなソレを。

 いいやそれは声だ。聞いたことがある。確かに知っている。そういえば最近聞いていない。そうだ、今度は――

「……わたしが」

 そうだ。

「……やる、から」

 聞き間違えようのない、自分の声だ。声をあげて泣くのは、もう少し後でいい。どうせ会えないのだと腐るのは、身体が動かなくなってからでいい。



―――そうだろう?



「……」
 "あの場所"が恐らく、予想した通りであれば。
 まだ、終わらない。ハルモニアの夢は、自分から覚めることのできない夢だ。誰かが揺り起こさなければならない。あの時、そうだったように。

 それでも。

 また、とどかなかった。
 その事実と、関わった者達の安否が分からない不安から。


 少しだけ、泣いた。



―――――



―――







「……キャストみたいな回復力ね」
 さて、実のところはもっと複雑であったし、希望もあった。
 聞いてみれば自分は2年近く眠り続け、うち9割近くは"停滞処置"なる…いわゆるコールドスリープに近い状態でいたのだという。装置を出たのはここ3ヶ月ということだ。
 それでも実際に目が覚めるのは2、3年先だという見通しだったとのことで、様子を見に来た担当医――エルザ・シーカーは当初、侵蝕により身体を乗っ取られた可能性さえ考慮したという。
「…特別丈夫なことは無いはずですが」
「いや丈夫っていうか生体フォトンの構造が特殊ではあるけど…」
 目覚めて割とすぐに状況把握に努め、内心はともかく大きな驚きを見せずに受け止め、3日後には「自発的な」運動によるリハビリテーションに入っていた。当然担当医たるエルザは参っている。
「…まあいいけど。いや良くないけど。最初に言ったとおり、しばらくは通院ないし入院すること。信じがたいほどに回復してるとはいえ、油断はできないの。…で、これが例のやつね」
 エルザが数度目の念を押しながら手渡した小型端末を受け取り、その内容を確認する。研究艦ノウイング。VRコリドー。通信断絶……"2年前"のことについてだ。
「ホワイトマイルに属する他校及び機関はこれについてのコメントを拒否。…色々あったけど結局もとのままね。報道規制も行われ、単に侵蝕の可能性ありとして接近を規制。被害が出ているのに酷いものよ」
「…そうですね」
 接近した艦船は例外なく電子・武力問わず攻撃を受け壊滅あるいは同士討ちだという。ノウイングそのものは今も不気味に佇み、なんでも宇宙海賊などが成すすべなく破壊され、あるいは――"隷属"するかのように周囲に漂っているなどという都市伝説めいた話まで囁かれている。
「……ありがとうございます」
「もういいの?」
 一通り目を通して端末を差し出す彼女に、エルザは問いかける。彼女は今リハビリの休憩中であったため、その意味もかねて。
「ええ。やることは定まりましたし」



 数日後。彼女は患者の趣味及び運動用道場にいた。この施設は半年前に完成し、医療機関の金回りの改善を示すものとして妙に気合が入った本格的なものである。
 手にしているのは一振りの刀。その刃はきめ細かい雪のように白く、病的なまでに研ぎ澄まされている。――その作風に見覚えがある読者の方もいるだろう。かつて彼女が振るっていた、美しさと不穏さを兼ね備えた危うい刀を。

「…どう?」
 振りぬいた姿勢からゆるりと身を引き、鞘に収めたのは数分前。リハビリを開始してから毎日運動と戦闘技術の復習を行っていたとはいえ、その場にいた患者と担当医たちが何事かと見守るほどにはその技は冴えていた。もちろん、彼女にとってはまだまだ不足だ。
「……まあ、問題ないかと。刀身自体がやや重いですが、重心が柄寄りになっていますし、実戦には差し支えないでしょう」
「…そ、そう」
 振るっているのは、2年前彼女の腹に背後から"突き刺さって"(厳密には違うが、そういう事にする)いた刀身に、新たに拵えをあわせたものだ。新たにとはいうが、既に1年ほど前のことである。この刀身の詳細を知る者が手配した職人達によって組み上げられ、使い手の手に握られるのを今か今かと待ちわびていたのだ。

 そう。1年、ずっと。

「……素晴らしい」
 そう漏らしたのは、この医療機関に勤務する高年の男性だ。真っ白になった頭髪をかきあげながら、震える声で呟いた。
「キッカ・ヨシノの……キッカ・ヨシノの"オロチ三剣(ミツルギ)"の一振りを……女性剣士……しかも少女剣士が振るう……! もはや天啓では…?」
「それは言いすぎでしょう。しかし確かに……あの美しい輝きの円は、あの刀そのものが凄まじい芸術であると同時に、確かな殺傷武器であることを主張する……冷徹で……美しい……」
「オロチ三剣は"夜叉桜(彼女が以前愛用していた刀だ。こちらもキッカ・ヨシノ作である)"よりも力強く、重みのある作風だ。使い勝手は近いようで全く異なるはずだが…いやはや、見事だ。完全ではないが、上出来だ」
 次いで2名の中年・若年男性が唸る。あきらかに場違いだが、あえてエルザは無視している。
「まあとにかく。気に入って貰えるなら何よりね。…それはあなたに持っていてほしいと、伝言があったから。あんまり良い縁じゃないかもしれないけどね」
 エルザの言葉に、彼女は改めてキッカ・ヨシノ作…"贋作"オロチアギトを見る。VR空間で受け、そのまま身体に残り、まさしく命を共にした刀を。
「……いえ。どうも私は、キッカ・ヨシノと縁があるようなので」
 以前振るったヤシャもキッカ・ヨシノの作であり、また他者が命を賭してまで託した刀であった。キッカ・ヨシノ、命、彼女にとり、ただの武器ではない。

 そしてそのヤシャもまた、"置き忘れ"ているのだ。彼の場所に、縁とともに。
「……だから、取り戻さなくては」
 それは、彼女なりの流儀。そして、誓いでもあった。
「そのために」
 再び構えを取る。
「…今、こうしているのです」
 再度修練を始めた彼女を中心に、静寂に包まれていた道場の時が再び動き出した。



――さらに数日後。




「…そんな装備で大丈夫?」
 エルザの見送りだ。多分に冗談が含まれている。
「………一番いいものにしましたから」
 彼女が返す。随分古い冗談だな、と思いつつ。
「じゃあ、規定どおり。きちんと通院すること。あなたが外に出ること自体…というか今起きて動いていること自体特殊で、特例だとよく認識すること」
「…」
 エルザの念押しに、彼女は頷く。もう何度目かではあるが。
「……ところで。どうして」
 背を向け歩き出した彼女に、エルザが声をかけた。
「……どうして、急いでるの? もっときちんと回復してからでもいいでしょう?ここでコケられたらこっちも困るし、それに――」
「友達が」
 そして彼女はそれを遮る。
「…友達が、起こしてくれたので」
「確かにずっと来てる面会人は居た…けど、あの日は……」
「いえ、…そうではなく」
 彼女は、空を見上げる。白い雲も、青い空も、太陽さえ作り物に過ぎない、偽りの天空<falsum-caelum>を。
「……まあ。夢、です。要するに」
「……」
 再び歩き出した彼女を、エルザはもう呼び止めない。必要な手続きも、説明も終えているからだ。――そして、止める言葉を持たないからだ。



 纏められた荷物は少なく、その中にあのアカシアの展示花は無い。彼女が泣いて、眠って、起きたときにはもう無かったのだ。夢か、幻か。それは分からないが。あるいは誰かが置いていったものを、担当医がしまいこんでしまったのか?
(――よし)


 アカシア――花の名前。もしくは、キルシュとベネディクティンをメインにしたカクテル――



「……やりますか」



 人よりすこしだけ頭がよくて。
 人よりすこしだけ努力がうまくて。
 人よりすこしだけ不器用で。
 人よりすこしだけ、時間が遅れた彼女の。



 未来への、呟きだった。

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